店番しながら ギリシャのナクソス島

  • 2020.08.18 Tuesday
  • 14:44

ギリシャには、数多くの島が点在していて、それぞれの島特有の特産品や遺跡が魅力だ。

中でも、ナクソス島というところは私にとって印象深い場所である。

ナクソス島は、エーゲ海のキクラデス諸島の中で一番大きな島である。アテネのピレウス港からフェリーで数時間かかる。

有名なサントリーニ島に比べて、素朴なリゾート地のようだった。

この島は、大理石(マーブル)や鋼玉石(エメリー)の重要な産地で、今でも大きな山の頂上にキラキラ輝く石切り場が見えた。

古代ギリシャにおいて、ナクソス島は、芸術の中心として栄え、ナクソス産の彫刻が各地で発見されたそうである。

ギリシャに旅立つ前、上野で古代ギリシャ文化の展覧会があり、アルカイック期(B.C.650年ー550年)の彫像クーロスが展示されていた。クーロス(Kourous)は、ギリシャ語で青年という意味で、古代のギリシャでは、神域への奉納として、さらに多くは墓の上に墓像として、作られたようである。

 クーロスは、左足をわずかに前に出し、こぶしを握った両腕を脇に、正面を向いた青年裸体像である。これに対して、少女像はコレー(Kore)と呼び、着衣のままである。上野でも、クーロスとコレーが展示されていた。

 古代のナクソスでは、山の上の石切り場から、粗削りしたクーロスの原形を運び出し、各地の工房で完成形に仕上げたとのことである。

 ナクソス島の北端にあるアポロナス(Apollonas)という石切り場に行った。そこには、粗削りのまま放置されている身長10mもある”着衣のクーロス”(B.C.700年頃)が横たわっていた。20世紀初めに発見されたそうである。

 個々のクーロスのモデルが神か人間かは、身なりや持ち物で判断される。このクーロスは、着衣という外形から、現在、「ディオニッソスのクーロス」と呼ばれている。

 そこから、山を登っていくと、ところどころに置き去りにされたクーロスが見られる。それぞれ、時代によって、大きさも異なるが、どれも20世紀になって、土中から発見されたものである。

 現地看板、「Kouros of FRERIO」

 −身長5.5m、B.C.570年、右足が折れている。プラタナスの木の下に。

 現地看板、「Kouros of FARANGHI」

 −身長5m、片足が無い。陽当たりの良い山の斜面。

ナクソスで見た自然の中の3体のクーロスは、地面に横たわっていて、屋根も無く、雨風にさらされながら何かをじっと待っているようだった。石切り場から運び出す道の途中、どこかが折れたり傷ついたりして、その場に置かれたまま、時が過ぎた。

 それからギリシャ各地の博物館に並ぶ凛々しい顔のクーロスを見ると、私は、ナクソスの山の中のクーロスを思い出す。

ギリシャの人は、「ギリシャの美術館や博物館は、国内の美術品だけを展示している。他の国のように外国の美術品はひとつも無い。それが誇りだ。」と言う。確かにそうだ。古代の彫刻、壁画、発掘品、遺跡だけで、大きな博物館が満たされている。

 そして、ナクソス島のように、人知れず、古代に繋がっている場所がまだまだあるギリシャは奥深く、たいそう魅力的である。

 

  ナクソス島
 

 

 ディオニッソスのクーロス
 

 

 

 

店番しながら ギリシャの旅

  • 2020.03.06 Friday
  • 16:50

2016年、テレビで、「世界遺産で神話を舞う」という番組を観ました。
アテネ・エピダウロスフェスティバルの60周年ということで、
世界最古の劇場「エピダウロス古代円形劇場」(B.C.4c)に能舞台を作り、人間国宝の能楽師、梅若玄洋が能を舞いました。
演目は、叙事詩「オデュッセイア」より「ネキア」をアレンジした新作「冥府行」。

演出家のギリシャ人と演者の日本人とのやりとりも興味深いものでした。
文化や表現の違いを、議論を繰り返し、距離を埋めていきます。
やっとたどりついた本番、能独特の謡、囃子が、蝋燭が灯る石の劇場で始まりました。

ほとんどギリシャ人だったという観客の反応はどんなだったでしょう。
それまでも、ギリシャには関心がありましたが、固有の場所に興味をもったのはこの時でした。
放映後、東京千駄ヶ谷の国立能楽堂でも再演され鑑賞しましたが、私は、”エピダウロス”への道も探し始めました。


いろいろな縁でギリシャへの旅が思ったより早く実現し、翌年、私は、ギリシャを巡る旅に参加しました。

そして、ペロポネソス半島東部にあるエピダウロスを訪ねることができました。
エピダウロスは、アポロンの息子、医術の神アスクレピオスの聖地とされ、医療施設の遺跡や競技場が点在する大きな遺跡です。

テレビでは見えなかった古代都市の生活や役割を、自分の足で辿ることで実感できたと思います。


平らな道を歩いてたどり着いた古代円形劇場は、想像より大きく完全な形をほぼ残したエピダウロスの主役として存在し、古代都市の規模や繁栄が想像できます。
劇場の中央で手をたたき、素晴らしい音響効果に驚きながら、上を見上げると雲一つない青い空、そして遠方の山に続く木々の緑だけが劇場を囲んでいました。

日本の能にも長い歴史がありますが、観阿弥、世阿弥親子により今のような様式に完成されたのは14世紀です。
陽があたっていたのか、少しも冷たくない石の椅子に腰かけてみました。
ここで繰り広げられた能の舞台を想像してみました。

笛や鼓、太鼓が奏でるお囃子は、確実に最上段まで届いて、ギリシャの人達に驚きや感動を伝えたはずです。

紀元前4世紀に積み上げられた古代円形劇場には、懐深く文化も旅人も受け入れてくれるおおらかさがありました。

 

このようなことがきっかけになり、ここ数年、ギリシャの遺跡を訪ねています。
印象深い場所を、適宜ご紹介していこうと思っています。
 

  

 

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